アート

アンディ・ウォーホル

ポップアートを生み出した偉大なるアーティスト

アンディ・ウォーホルとは大量生産・大量消費社会をテーマとした「ポップアート」を生み出したアメリカ出身のアーティストである。

アーティストになる前はイラストレーターとして活動をしており、そちらでも賞を受賞するなどマルチに活躍した方でもあった。そのため現在でもウォーホルはイラストレータとアーティストのどちらに当たるのか意見が分けれており、決着はついていない。

ウォーホルの主な作品

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ウォーホルは1928年8月6日、アメリカ合衆国のペンシルベニア州で誕生した。国両親が敬虔なカトリック教徒出会ったことからウォーホルも両親に習って協会に通うようになり、その習性は生涯にわたってかわることがなかった。

14歳のときに父親がなくなるという出来事もあったが、無事に地元の高校を卒業し、現在のカーネギーメロン工科大学に進学して広告芸術を学ぶようになった。

大学を卒業した後はニューヨークへ移住し、雑誌の広告やイラストレーターとして活動を開始。才能はすぐに開花したため1952年には「アート・ディレクターズ・クラブ賞」という新聞広告美術の部門で受賞し、商業デザイナー・イラストレーターの名声を掴み取った。

だがその一方で本人は対人関係に悩むなどの苦悩を抱えており、1960年にイラストレーターの世界からファインアートの世界へと移籍することを決意する。アンディ・ウォーホルが30歳のときのことであった。

1961年に、大量生産・大量消費社会をテーマとした「ポップアート」と呼ばれる作品を生み出した。翌年にはシルクスクリーンプリントを使ってポップアートの量産化に成功。以降は自動車事故や自然災害、大きな事件など社会を大きく騒がせた出来事の写真などを使って作品を生み出していくことになる。

なお、シルクスクリーンで大量に作品を生み出していったものの、意図的にプリントをずらしたりインクをはみ出させたりして。作品それぞれにオリジナル要素を入れるのがウォーホルの作品の特徴である。

1968年、「全男性抹殺団」という団体の女性メンバーから狙撃されるという事件が発生。そのときに発射された弾丸が左肺、脾臓、胃、肝臓を貫通するなどウォーホルは重症を負ってしまったものの一命を取りとめることには成功した。後にこの事件は「アンディ・ウォーホルを撃った女 / I Shot Andy Warhol」として映画で上映されることになる。

その後も精力的に作品を生み出し続け、災害だけでなく神話をモチーフにした作品も生み出していった。またこの時期に日本のTDKビデオカセットテープのCMに出演。強烈な演出により視聴者に大きなインパクトを与えることになった。
だが、1987年2月22月、前日に手術していた胆嚢手術の影響からか容態が急激に悪化、心臓発作を引き起こしアンドリュー・ウォーホルの生涯は幕を閉じることになる。58歳のことであった。

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