アート

ヒエロニムス・ボッシュ(ボス)

ルネサンスの流れに逆らい人間の欲望や罪を描き続けた芸術家

ヒエロニムス・ボッシュは15世紀に活動をしていたネーデルラント出身の芸術家である。

彼が活動していたのはルネサンスの真っ只中であり、当時の画家たちは遠近法や明暗法など新しく生まれた技法を取り入れて写実的な風景や人物画を描いてた。だがボッシュはその流れに逆らい、ひたすら人間の中にある欲望や罪を描き続ている。

ヒエロニムス・ボッシュは芸術家としての名前であり、本名はイェルーン・ファン・アーケンである。

ヒエロニムス・ボッシュの主な作品

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ボッシュことヒエロニムス・ボス1450年ごろに誕生した。ボッシュの祖父および父親が画家であり、ボッシュのほかに5人もの兄弟がいて、その中でボッシュを含む4人が画家として活動をしていたなど、ボッシュの家庭は画家一家であったといってもよい。

1478年頃にアレイト・ホヤールト・ファン・デ・メルヴェンヌという女性と結婚をした。この方は上流階級の裕福層の出身であったことから、ボッシュ自身もそれなりに良い生活をしていたのではないかといわれている。

ただし、ボッシュの一生で判明しているのはこれぐらいであり、誰に師事して絵画を学んだのか、どの場所でどのような生活をしていたのか、弟子が何人いてどのようにして絵画を制作していたのかなどは今もわかっていない。

異端ともいえるボッシュではあったが生み出す作品は高く評価されており、ヨーロッパの各地にいる貴族や王族から仕事の依頼がたくさん来ていた。

特にスペインのフェリペ2世はボッシュの熱心なファンとして有名であり、ボッシュに多くの絵画作成の依頼をしたことにより、スペインにはボッシュの作品がいくつか現存している。

ボッシュは貴族や王族から依頼で多くの作品を生みだしてきたが、現在まで残っている作品はそれほど多くない。その理由は16世紀におこなわれた宗教改革の影響によるもである。宗教改革の一環として偶像破壊がおこなわれ、それによりボッシュの作品もまた大半が失われることになった。そのため現在ではボッシュの作品は30点ほどしか残っていない。

ボッシュの作品は生前だけでなく死後もまた評価が高く、ピーテル・ブリューゲルなど後世の画家であっても影響を受けたものは少なくない。そのため数多くの複製画が生みだされてしまうことになり、現存している作品が少ないことも相まって、現在でも真贋判定に苦労することがある。

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