アート

ワシリー・カンディンスキー

不遇のまま亡くなった功績者

【Composition VI】コンポジション6

ワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky 1866年12月4日 – 1944年12月13日)は抽象絵画の創始者と言われているロシア生まれの画家です。

モスクワ大学で法律と政治経済を学んでいて、後々になると政治委員を務めるなど政治色も強い画家でした。

更に、絵画始めたのは30歳からで、それまでは大学で法律に関する教授をしていました。
画家として活動を始めてからは、フランツ・マルクと共に「青騎士」(デア・ブラウエ・ライター)という組織を結成し、代表作としては「コンポジションシリーズ」というものがあります。

カンディンスキーの作品の特徴としては構成の美しさがあります。

代表的な作品


もっと詳しく!

カンディンスキーは抽象絵画の創始者で、抽象絵画の反対は具象画と呼ばれます。
具象画というのは、実際に存在するものをそのまま描くことで、多少の作者の考えは反映されますが、見て分かりやすいモノが基本です。

反対に抽象画とは、存在するそのものよりも画家の心情や存在しない目に見えないものを絵に落とし込むので理解し難い場合も多いです。

ただ、元々は美術学校でのデッサンのようにモノの形や質感をそのまま表すというのうが、カンディンスキーの中でも常識でした。

それでも抽象画を描き始めた理由は、有名なクロード・モネの『積み藁』というシリーズがあって、それに影響を受けたからと言われています。

その作品は一見何を描いているのか分からないけど、美しくて心に響く。
この経験が彼の価値観をガラッと変えました。

そこから、絵というものは具体的に何を描いたか分からなくても、純粋な色や形態だけでも成りうるという考えに至りました。

そうして「抽象画」というスタイルの創始者となり、抽象芸術の理論書「芸術における精神的なもの」「点と線から面へ」という本も発刊しました。

彼の活動としては45歳のときにマルクと共に「青騎士」を組織しました。

青騎士というのは、青色と騎士が好きという理由で付けられた名前で、特徴としては、素朴な画家の絵画や精神障害者の作品、子供の図工というように美術的評価がし難いモノにも光を当てようという考え方がベースになっていて、特に子供の作品に対して関心を持って評価しようというグループのことです。

彼の代表作品である「コンポジションシリーズ」は、1910年から作画され全10作品からなります。

この作品たちは、直線、波線、円、カーブ、色彩などを用いて、豊かな作画で構成されています。

ただ、最初の3作品は第二次世界大戦で無くなってしまいました。

カンディンスキーは抽象画の理論を確立したり、青騎士を組織して雑誌を発刊したり、コンポジションシリーズを通じて前衛芸術家として名を上げていきましたが、終戦後パリに侵攻してきたナチスによる、前衛芸術の弾圧を受け、彼の作品は「退廃芸術」として認定されてしまいます。

退廃芸術作品は美術館から撤去されたり、画家は活動自粛せざる負えない状況になります。

しっかりと功績を残した彼ですが、ナチス占領中は作品を大々的に公開もできず、彼に関して話し合うことも禁止されてしまいました。

しかし、カンディンスキーは亡命もせずに協力者の力を借りて、1944年に最後の展覧会を開きます。

そして同年、78歳で動脈硬化によって亡くなってしまいます。

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