人から分かる3分美術史

3分でわかるレオナルド・ダ・ヴィンチ(人から分かる3分美術史200)

イタリアの技術者、芸術家であり、ルネサンス期を代表する画家として知られるレオナルド・ダ・ヴィンチを紹介します。

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こんにちは。人から分かる3分美術史。
今日はレオナルド・ダ・ヴィンチについて勉強していきましょう。

レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ。1452年生まれ。イタリアの技術者、芸術家であり、ルネサンス期を代表する画家として知られます。

レオナルドは、コジモ・デ・メディチ僭主時代のフィレンツェ共和国、トスカーナのヴィンチ村に生まれました。レオナルドの家は、現在の弁護士に似た職業である公証人を務めており、裕福な家庭であったと考えられます。
レオナルドはおそらく14歳頃の折に、高名な彫刻家のヴェロッキオに弟子入りしました。この時代の芸術家は、絵画、彫刻、建築、工学をはじめとした様々な技術領域に通じる者が多く、ヴェロッキオの工房も様々な仕事を請け負っていました。そこでレオナルドは、ボッティチェッリやギルランダイオら兄弟弟子とともに、それらの能力を培っていきました。
レオナルドの初期の作品が「受胎告知」です。1475年、レオナルド23歳頃の作品です。
1482年、30歳頃のレオナルドは、ミラノに移住。ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァに仕えることとなりました。その後レオナルドは、ミラノで20年を過ごしたのち、各地を転々とすることとなりますが、その中で偉大な芸術家として、ヨーロッパに知られるようになっていきます。

レオナルドの作品を見ていきましょう。
「最後の晩餐」。1498年、レオナルド46歳頃の作品です。レオナルドの絵画研究における集大成といわれ、ルネサンス絵画の記念碑的作品でもあります。
「モナ・リザ」。1506年、レオナルド54歳頃の作品です。

1519年、レオナルドは67歳で亡くなります。晩年にはフランス王フランソワ1世に招かれ、アンボワーズで生涯を閉じています。現在においても、ルネサンスを代表する芸術家、あるいは万能の天才として評価されています。

以上!

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