アート

マックス・エルンスト

恋多きマックスの独特な作風は必見!シュルレアリスムを結びつける代表的画家に注目

マックス・エルンスト(1891年4月2日~1976年4月1日)は、20世紀のドイツ人画家・彫刻家である。

ダダイスムを経てのシュルレアリスムの代表的な画家のひとりで、ジークムント・フロイトの本に影響を受けており、絵画の教育は一切受けていない非常に珍しい画家といえる。

しかし、幼い頃から絵に関心があり、大学時代には精神病患者の作品に興味をもっていた。無意識に精神病患者の絵画に興味を持った画家といても知られている。

代表的な作品

日本の美術館に所蔵されている作品

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1891年、ブリュールで生まれる。父親は聾唖(ろうあ)学校の教師且つアマチュアの画家フィリップ・エルンストで、母親はルイーゼ。父親は厳格なクリスチャンであり、マックスも敬虔(けいけん)な信徒として教育を受けている。

1909年~1912年、ボン大学において、哲学、心理学、美術史を学ぶ。その後、ゴッホやピカソ、ゴーギャンの作品に触れ、画家を目指す決心をすることになる。

プライベートでは、1918年に美術館副管理長のルイーゼ・シュトラウスと結婚。1920年に息子ウルリッヒが誕生した。

1921年に詩人のポール・エリュアールと出会い、友情を築くことに。1922年には、パリに移り住み、エリュアール夫妻を訪ね、「神々の不幸」「反復」を出版している。ルイーゼとの離婚の前に、ガラ・エリュアール夫人と肉体関係をもつが、夫のポールは黙認するどころか集団恋愛に熱中することになるのだ。

マックスは無意識の世界を表現することを目指し、色々な手法を試したという。フロッタージュ技法やデカルコマニーなどの技法を取り入れている。その他にも、廃棄物や雑誌などもコラージュに使用し、シュルレアリスムとして多くの表現を挑み続けた画家である。

1939年の第二次世界大戦では、適性外国人として逮捕されるが、エリュアールの助力により釈放となった。しかし1940年にゲシュタポに逮捕されレ・ミルに収容された。この収容所には多くの芸術家がいたという。

その後、1937年に出会い同棲していた画家のレオノーラ・キャリントンとスペインに逃れたが、衝撃により精神を病み入院することになる。

回復後、メキシコ人外交官と結婚してアメリカに亡命し、1948年にアメリカ国籍を取得する。1949年にパリへ戻り、回顧展をするなど画家として活動をし、1954年にはヴェネツィア・ビエンナーレ展で大賞を受賞した。

1956年にベルリン芸術アカデミー会員に任ぜられ、1958年にフランスの市民権を得る。

1976年に満85歳の誕生日の1日前に、パリにて死去した。2005年に故郷のブリュールにマックス・エルンスト美術館が開館されている。

世界的な激動と共に生き、絵を描き続けた画家。ナチスに収容されるなど苦悩な経験も多くあり、また恋多き男としても有名である。様々な経験から生涯にわたりシュルレアリスムの深みと異種性を具現化し、理論家として論文も書いて評価を高めた人物といえるだろう。

圧倒的に独特で魅力をもつ彼の作品は、日本でも、横浜美術館や国立西洋美術館などに所蔵されている。

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